看板より愛を込めて
まだ春も遠く風も冷たいこの季節、汗をかきながらメイド喫茶へと続く急階段を一段飛ばしで駆け上がる小太りの男がいた。
「か、かれんしゃん、、!!もうしゅぐ会えるよ、、!!」
小太りの男は、一人のメイド・サンに恋をしていた。
恋をしていたメイドさんの名前は『カレン・サン』名前の通り、太陽のようにまぶしい笑顔が素敵な女性であった。
周囲からは、「かれんとは繋がれないよ」等と言われていが、小太りの男の崇高な精神はもはや、その次元にはいなかった。
小太りの男のただ一つの願いは、
『かれんしゃんの笑顔を守りたい』
それだけであった。
小太りの男は階段を駆け上がり、メイド喫茶に入るといつもどおり、かれんしゅべバニラアイス載せを頼んだ。
「バニラアイスが溶け出し、ジョッキから溢れる様子は、まるでかれんしゃんへの思いが溢れてしまっている僕の心のようだ、、」
小太りの男がそんなことを考えていると、他の客2人が話す声が耳に入った。
「明日から、店前にかれんの等身大看板が設置されるらしいよ。」
「えーっ、そうなの。ちゅーしちゃうなぁ〜。ちゅ〜、ちゅっちゅちゅ〜。」
なんと、下劣な、許せぬ蛮行だ!
小太りの男は、怒りに震えると共に、使命感にかられた。
「かれんしゃんの看板のファーストキッスは僕が守らないと!」
小太りの男は、翌日、看板が設置されると、看板の横に立ち無限ファーストキッス警戒を始めた。
無限ファーストキッス警戒は非常に過酷に任務であった、時間との闘い、そしてなにより自分自身との闘いであったのだ。
奇異な目で見られようと雨が降ろうと小太りの男は立ち続けた。
「辛い、、、いっそのこと自分でかれん看板のファーストキッスを奪ってしまえばこの辛い任務も終わるのでは、、、いや、それはだめだ、、、」
小太りの男には、かれん看板のファーストキッスに、自分が値するという自信がなかったのだ。
およそ、人を蔑み蹴落とす事で生きてきた誉めるところが何一つない人生。
そんな小太りの男には、ファーストキッスの資格がなかったのだ。
無限ファーストキッス警戒を初めて二日目の夜を迎えた深夜0時、小太りの男の精神状態は、寒さ疲労眠気により限界を迎えていた。
その時、電源が落ちているはずのかれん看板が突如、光だした。
「ま、眩しい!この眩しさは、か、かれんしゃん!!」
「まりもしゃん、私はかれんの看板、あなたが私を想う心が私に命を吹き込んだのです。」
「し、信じられない!こんな奇跡が!」
かれんの看板は小太りの男に優しく語りかけた。
「寒い中、ずっと守ってくれていて嬉しかったです。」
「私は警戒犬ですから、そんなお気遣いは、やめてください。」
「そんなところに立ってないで、もっとこっちに来てください。」
小太りの男は、かれん看板に近づきもたれ掛った。
「暖かい、これが愛のぬくもりか、、、」
「もういいんですよ、ゆっくり休んでください。チュッ」
かれん看板は、小太りの男の隙を突き、キッスをしたのだ。
突然の出来事に驚き、身動きが取れない小太りの男。
『パシャッ!』
スマホのシャッター音が聞こえ小太りの男が見ると、近所のワインバル『路地裏』帰りの常連客が、看板にキッスされる小太りの男を目撃し撮影していたのだ。
小太りの男は、逃げるように走ってその場を後にした。
しかし、その日のうちに、キッス画像はネットに拡散されてしまった。
さらに、悪いことに画像を見て多くの客とメイドさんが、小太りの男が看板にキスをしたと勘違いしてしまったのだ。
「これは、事故なんだ、、、信じてくれ、、、」
ネットで『知らんオタクに罵られる』小太りの男、トゥイッターで真実を話したかったが、誰が看板に命が宿った等という与太話を信じるであろうか。
この騒動により、小太りの男は『横浜店限定で1ヵ月出禁』になり、かれん看板も営業時間以外は店内に仕舞われるようになってしまった。
誰にも理解されぬ恋心。
「も、もう駆け落ちするしか、、、ない!」
小太りの男は、かれん看板を救いだし、駆け落ちすることを決意した。
狙う時間は閉店間際の午後10時、まとめてお会計をし、『人間っていいなが流れるの待ち』のこの時間が一番、手薄だと考えたからであった。
午後10時、小太りの男はかれんの看板に近づき声をかけた。
「君を助けに来たよ。」
「うれしい、でもどうやって?」
「ちょっと待って、こうやって」
小太りの男は、看板の電源を引き抜くと、予め用意していた山岳ロープを看板に巻き付け、看板を背負って、ロープをたすき掛けにするように自分の体にきつく結びつけた。
「重い、、これが、、愛の重さ、、でも確かに背中に感じる暖かさ、彼女は生きている!」
「きゃあ!逃げて!」
その時、かれんの看板が叫び小太りの男は走り出した。
「待て!この変態看板ドロボウ!」
誰かが、声をあげた。
小太りの男は振り返ることもなく、ムービルの脇を抜け、走り続けたが、あまりに目立つその恰好は多くのギャラリーに見られ、ビブレ前の南幸橋で群衆に囲まれてしまい、追いつめられてしまった。
「く、来るなぁ!」
小太りの男は橋の欄干に上り叫んだ。逃げ場はなかった。
衆人環視の中、多くの群衆の中に、小太りの男は大切な人の姿を見つけた。
「本物のかれんしゃん、、、」
カレン・サンは、悲しい顔で小太りの男を見つめつつも何かを叫んでいた。
「二・ゲ・テ、、、!!」
周囲の罵詈雑言に搔き消され声は聞こえなかったが口の動きで、確かにそういっていた。
「こんな状態の僕の身を案じてくれるなんて、僕はかれんしゃんの笑顔を守るつもりが、、、看板に心をとらわれ、本質が見えなくなってしまっていた、もうこれ以上、かれんしゃんの悲しむ顔は見たくないよ、、、」
小太りの男は、逃走を諦め、投降することにした。
橋の欄干に腰掛け、ロープを解こうとするがきつく結ばれていて、中々取れない。
「あっ!」
ざっぱーん!
バランスを崩した小太りの男は、看板の重さに背中をとられ、帷子川へと落ちていった。
看板がおもりとなり、沈んでいく小太りの男
「息ができない、、、これが、罪の重さか、、、、」
意識が遠くなっていく小太りの男、、、、
、、、、「、、しゃん、、、まりもしゃん、、」
聞きなれた可愛らしくも優しいカレン・サンの声で目を覚ます、小太りの男。
「んっ、、これは、僕は眠ってしまっていたのか、看板、川は、、、!」
「まりもしゃん、何を言ってるんですか。急に寝ちゃったんですよ。」
「な、なんだ全部夢か、、かれんしゃんとっても怖い夢を見たよ。僕がかれんしゃんの看板と駆け落ちしようとして川に落ちてしまうんだ。」
「ふふっ、変な夢ですね!」
「そ、そうなんだ!!あはは~!!」
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深夜のメイド喫茶前の路上、暗闇の中で明かりもつけずに、たった一人の小太りの男が看板の前に立ち、男声と女声の二つの声色を使いわけながら、笑ったり、愛を囁いたり、いつまでもボソボソと話し続けていた。
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