クリスマスラブ
令和2年12月24日
今宵はクリスマス・イブ。
嫁も彼女もいない行き場を失った男達は、怪しげな光に導かれるようにメイド喫茶に集うのであった。
もちろんカフェ男もその一人であった。
小汚い格好に太った身体、小走りで走るその男こそカフェ男である。
みすぼらしい格好ではあったが、心は晴れやかであった。
向かう先は、帷子川沿いのアザラシ喫茶である。
カフェ男は怪しげに光るローソンの看板を横目に階段を駆け上がった。
「カラ〜ン」
扉をさっそうと開けるカフェ男。
『メリー・クリスマス、ご主人様〜』
赤いサンタ衣装に身を包んだメイドさんが笑顔で出迎えてくれる。
『ここは、桃源郷か、、、』
カフェ男は呟いた。それと同時に
「ガシャーン」
扉が強く閉じた、アザラシ喫茶の扉は少し抑えて閉めないと強く閉まってしまうのである。
いつもは配慮して扉を抑えるカフェ男であったが、この日ばかりはそんな事も忘れアザラシ喫茶に飛び込んだのであった。
アザラシ喫茶にはクリスマスツリーが置かれ、店内は屈強な男達で溢れていた。
カフェ男もさっそうとカウンターに座った。
カウンターには白い雪より肌の白い、白雪子さん。
『しらゆきさんカクテルを下さい!』
そう頼むとカフェ男は新聞を拡げた。
新聞を読む振りをしながら、店内を見渡し、金木犀の女神こと推し店員さんである天使様がいないかを確認した。
『ぐぬぬ、、、天使様はいないのか、、、』
肩を落とすカフェ男。
すると、
『I am アザラシ!!キュピン!!』
『この声は!!』
振り返ると、ツインテールにサンタ衣装の夢子がいた。
夢子はアザラシ喫茶の副店長でアザラシの様な笑顔をいつも振りまいてくれる。
『夢子さん、アザラシのヒレ酒を下さい!』
『かしこ、かしこまりました、かしこです!』
『アツい!アツい!アツいので気を付けてどうぞ!』
カフェ男の元にヒレ酒が届いた。
『これだよ、これ、これ飲まなきゃやってられねぇんだよ!』
一気に飲み干すカフェ男。
急に目の前がぼんやりし意識が薄くなる。
すると、夢子がカフェ男に囁く
『ふふふ、まりもちゃん夢子のアザラシになりたいですか。』
『、、、ゆ、ゆ、夢子しゃん、も、もちろんで、す、、、』
カフェ男は薄れゆく意識の中で、そう答えそのまま意識を失った。
令和2年12月25日
カフェ男はアザラシ喫茶の床で目を覚ました。
『あれ、眼鏡は、、、』
顔をこすると手に違和感を感じた。
『キュピン!アウ!アウ!』
(うわぁぁ!わ、わしの手が!)
喋る事ができず、自分の手が灰色の前ヒレになっていることに気付いたのだ。
驚愕するカフェ男、すると
『今日からは、まりもちゃんじゃなくてアザラシちゃんだよ!キュピン!』
黒いコートに黒の革手袋、黒いボストンバッグを持った夢子が笑顔で現れた。
カフェ男は夢子のアザラシパワーによってアザラシにされてしまったのだ。
カフェ男は考えた。
(現世に悔いはないし、このまま夢子のアザラシとして暮らすのも悪くない、私が消える事で天使様を心配させてしまうかもしれない、しかしこの姿ではもう、、、)
アザラシとなったカフェ男は涙をこぼしながらも、夢子の黒ボストンバッグに入った。
ボストンバッグ事、車のトランクに入れられたカフェ男
(もう3時間は走っている、ここはどこだろう、坂をずっと登っているようだ山の奥だろうか)
『アザラシちゃん着いたよ!』
夢子がそういい、ボストンバッグを地面におろす、カフェ男が這い出ると、そこは山奥のコテージであった。
2階建て木製コテージ、大きくはないけれど、暖かさを感じた。
扉を開くと夢子のペットとおぼしきダックスフンドが出迎えてくれた。
『ワン!ワン!』
『新しいアザラシちゃんだよ!仲良くしてあげて』
夢子はダックスを抱き抱えながらそういうと、アザラシになったカフェ男を部屋にいれてくれた。
(新しいということは、先客がいるのだろうか、)しかしそんな心配は無用であった、コテージは夢子とダックスしかいなかった。
コテージの一階には大きな暖炉とソファーがあり、二階は夢子の寝室のようだった。
そして廊下の二階にあがる階段脇には観音開きの扉があった。
『アザラシちゃん、ここだけは危ないから絶対に入っちゃダメだよ!』
夢子はそう言うと、階段脇の扉に南京錠をかけていた。
令和2年12月年末頃
カフェ男が夢子のコテージで暮らすようになって、何日かたったある日のこと
『アザラシちゃん!はい、朝ごはん。』
『キュピピン!(^∞^U)』
出されたドックフードを頬張るカフェ男。
アザラシとして暮らす内に人間としての心と記憶はほとんど失っていた。
『夢子がお仕事の間、お利口さんで待っててね。』
『ワン!ワン!』
『キュピピン!(^∞^U)』
夢子が出掛け、カフェ男とダックスはテニスボールを転がし遊び始めた。
『ワオーン!』
ボールが廊下に転がって行き追いかけるダックスとカフェ男。
すると、いつも閉じられている階段脇の扉が少し開いており、ボールは吸い込まれるように扉の奥に入ってしまったのだ。
『ウウーッ、、クゥン』
怯えた様子で扉の前で唸るダックス。
『キュピピン!(^ω^U)』
人間の心を失ったカフェ男は、夢子の忠告も忘れ扉の中に入っていく、扉を入るとすぐに下に続く急な階段になっていて、降りると異様な空気が流れる地下室であった。
(こ、これは、、アザラシのハクセイ!)
恐怖の余り人間の心を取り戻した、カフェ男であった、地下室には数体のアザラシのハクセイが並べられており、それぞれが人間の物と思われるハットや眼鏡、コジャレたネクタイ、キティのぬいぐるみ等々が付けれているのであった。
(こ、これもこれも、見覚えがある!他界もしくは出禁になったと思われていた常連客のものではないか、、、)
「バタン!トン、、、トン、、、トン、、、」
その時、扉の閉まる音が聞こえゆっくりと誰かが降りてきた。
『絶対に入っちゃダメって言ったのに、、、悲しいよぉ、、、もう少しだけ一緒にいられたのに、、、』
降りてきたのは夢子だった。
カフェ男は夢子に許しを乞う。
『キュ、キュキュイ~』
(ごめんなさい、ごめんなさ)
しかし、喋ることができない。
カフェ男は最後の瞬間、金木犀の女神の笑顔を思い出していた。
(これが因果応報、DD行為を続け天使様を悲しませた報いなのだろうか。)
「ドスン!」
令和3年1月某日 新春
『明けましておめでとうございます、ご主人様~』
いつものアザラシ喫茶、いつもの常連客の面々。
しかし、そこにもうカフェ男の姿はなかった。
『今日も可愛いねぇ夢ちゃん!ところで、このお通し何のお肉変わった味だねぇ~。』
黒いブロック状の肉を頬張りながら、常連客が夢子に尋ねる。
『ちょっと珍しいアザラシのお肉ですよ、ふふ』
夢子が笑顔で答えると他の常連客も
『ちゅわん~!!この肉硬ぇえよ~!!』
すると夢子は笑顔のままで小さな声で呟いた。
『オマエモ、アザラシニシテヤロウカ、、、』
~完~
以上はフィクションであり実際の人物団体とは一切関係ありません。